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和歌山地方裁判所 昭和28年(ワ)40号 判決 1956年10月01日

主文

被告は原告に対し金十五万円及び昭和三十一年七月二十一日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を附加して支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

本判決は原告に於て金五万円を供託するときは仮に執行することが出来る。

事実

(省略)

理由

訴外金尾勤が被告と原告の間に出生した子であることは成立に争いのない甲第一号証によつて明かである。

原告と被告は訴外東山和夫の媒酌により昭和二十二年四月十五日結婚式を挙げたが婚姻届を為さず爾来被告方に於て同棲中原告は懐妊し、昭和二十二年十二月二十八日被告方に於て右勤を出産し、翌昭和二十三年三月初頃原告は右勤と共にその実家へ帰り現在に至つていることについては当事者間に争いなく、原告が実家へ帰るに至つた事情については、証人金尾又市、同島本精次郎、同島本きくゑの各証言並成立に争いのない甲第二号証乃至第五号証、乙第三号証を綜合すると、原告と被告は結婚後暫くは円満な生活をつゞけていたが、昭和二十二年八月頃被告が原告の妊娠の事実を知り、産婆の刀禰たかに診て貰つたところ、既に妊娠五ケ月であると言つたことから疑を持ち始め、原告がその最終月経日につき産婆に告げた日時と医師に告げた日時とが異ること、結婚以前原告が親せきに当る福本久子方に一ケ月程の間寝泊りに行つていたこと、及び昭和二十二年十二月二十八日勤を分娩した際医師より十ケ月経過して出生した男子であると聞いた事などより愈々疑を濃くし、勤の出生後被告は原告に対し、以前に男があつたのだろうと屡々詰問、翌二十三年一月頃被告は検察事務官横川某に依頼し原告を検察庁に呼出し、以前に男があつたのなら今のうちに言つてくれ等取調べの形式により尋問したり、又同年三月には原告の父金尾又市に対し検察庁名を以て呼出状を出すなど、悪意に満ちた精神上の圧迫を加へたので原告は被告方にいたゝまれず同年三月上旬頃実家へ、出生後間もない勤を連れて帰つた事が認められる。

右認定に反する証人島本精次郎、同きくゑ、乙第三号証記載部分は措信しない。

以上認定した事実により、原告は被告との事実上の婚姻以前には何等他の男子との関係はなく、被告との結婚後も被告に対し妻としての任務を尽していたにも拘らず、偶分娩の日時が予定日より稍早かつたことの一事を以て、被告に疑惑を持たれ婚姻の予約を破棄された結果、原告は多大の精神的苦痛を蒙つたことは明かで、被告は原告に対し右苦痛を慰謝するに足る金員を賠償しなければならない。よつてその額について考えて見るに、証人金尾又市の証言並成立に争いのない甲第三号証、第四号証を綜合すれば、原告父は原告兄夫婦と共に農業を営み田二反、蜜柑畑三反を耕作しているものであり原告は被告と婚姻する迄は高等小学校卒業後実家の手伝をし、又昭和二十三年三月初旬頃実家へ復帰して後は父母、兄夫婦と同居して農業の手伝をして之に寄食し、子供の養育費も父や兄より出して貰つている状態であつて、本人には財産も収入もなく、又再婚の当てもない現状である。

被告は、証人島本精次郎、同きくゑの訊問の結果及成立に争いのない乙第三号証を綜合すれば、被告の父母は田四反を耕作して生活を営み被告は予てより鉄道員として勤務し、現在は他の女と結婚し二子を儲けてその給料により安定した生活を営んでいることが認められる。

生活関係は以上の如くであり、被告も左程裕福な生計を営むものとは言い得ないけれ共被告が原告に対し疑惑を有するに至つた経路を考えて見ると、原告の妊娠の時期について夫として一応疑惑を抱くことも無理からぬことではあるがその疑惑について相手方を責めるためには充分の根拠を確めて後に為すべきであつて殊に夫婦間に於ては慎重を期さなければならないところである。そこで被告としてはその後斯道の権威者である医師の精密な鑑定や、成立に争いのない甲第一号証にある如く、原告を診察した医師も出産予定日より一、二ケ月早く生れても普通児と同様の発育を以て出生する場合もあり得ると言つて居り、之等の科学的な言説を冷静に判断し、その後の原告の日常の動静を観察したならば当然その疑惑を解消すべきであつて、産婆や医師の片言に固執し恰も之を確定の事実として無暗に人を疑うことは許さるべきではない。之に依つて原告及その子勤の蒙つた被害は甚大なものであつてたやすく金銭に見積り得べき損害ではないが、之に対し原告は金二十万円の賠償を要求しているので以上の諸事情を斟酌し、被告は原告に対し金十五万円を支払う義務があると認める。

依つて訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 山田常雄)

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